2016年2月21日

「世界一きれいな空気が流れる家」ついに完成

「世界一きれいな空気が流れる家」ついに完成しました。
構想から5年、ようやくここまで来ました。
 
助産師や医師の方々
大学研究機関の方々
食の専門家の方々
農業林業の方々
IT関係の方々
大工等の職人の方々
主婦の方々
 
総勢375名の方々から意見やアドバイスをもらい
ついに薬院駅から徒歩1分半という
空気があまりきれいではない立地に、建築する事ができました。
 
西日本新聞やフクニチ住宅新聞では大きく記事にして頂き
NHKからは生中継で取材して頂きました。
 
本当に皆様ありがとうございました。
 
 
 
 
どんな空気なのか少しだけ紹介させて頂きます。
 
日本では軽井沢?
世界ではオーストラリアのタスマニア!
の空気よりもきれいな空気が家の中に流れています。
わざわざ旅行に行かなくても、
毎日、自宅のきれいな空気の中で生活することができます。
 
そして、その空気を24時間365日
世界の空気とリアルタイムで比較できるように
アプリの開発も行い、空気の見える化にも成功しました。
 
なぜ今回、『家づくり』の前に『空気づくり』の開発から
始めたかというと、大きな3つの理由からでした。
 
 
 
<理由①>
「体内に摂取る物質の56%が自宅の空気」とうことです。
人間が一生の中で摂取する物質の重量を比較すると
空気が83%、飲み物が8%、食べ物が7%、その他が2%
さらに
空気の中の68%が自宅の空気ということになり、
全体の56%が自宅の空気という割合になります。
これを言い換えると
自宅の空気を綺麗にすれば、
人生の半分以上は、綺麗な空気の中で生活ができるからです。
 
 
<理由②>
私は、花粉症ですが、マスクが苦手で凄く嫌いです。
顔が長い事もあってか?
マスクをつけると直ぐに耳が痛くなり、我慢できなくなります。
マスクを外すと、鼻水がジュルジュル出てしまいます。
薬を飲むと眠くなります。
じゃーどうすればいいの!?
ということで、根本の空気をまるごと綺麗にすればいいんじゃないか!
という事です。
空気を綺麗にすればマスクも付けなくてすみます。
 
 
<理由③>
人間が生活する上で大切な3要素「衣・食・住」があります。
この要素の「住」を英語圏では『shelter(シェルター)』と言っています。
home(ホーム)でもなく、house(ハウス)でもない
シェルターなのです。
シェルターとは「危険などを避ける避難場所」と訳します。
今、PM2.5の問題を始め
大気汚染の問題が深刻化しています。
こういった、空気汚染から身を守る為のシェルター的役割にもなります。
 
 
 
 
今回の家は
「健康に生活をしたい」でも「面倒くさいのは嫌」
という人たちにはもってこいの家です。
是非、一度、
「世界一きれいな空気」を吸いに、薬院まで来て下さい


 

↓建物概要↓


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▲建物外観(高層のマンションの中にたたずむ木造2階建て・贅沢です)

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▲建物外観(春になれば緑が多くなって建物が映える予定です)

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▲世界一きれいな空気をつくる装置です

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▲24時間365日、空気の見える化のアプリです。
(室内と室外とタスマニアの空気を比較しています。)

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▲日本の古き良き時代の伝統家屋『町家』をイメージしたキッチン
 (玄関を開けると土間続きでキッチンのところまで行けます)

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▲キッチンの上は吹抜けになっていて、キッチンを中心とした間取りになています

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▲水にもこだわりました。
キッチンもお風呂もトイレも全ての蛇口から、ミネラルウォーターの様な浄水がでます。

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▲キッチンの横の発酵蔵
パントリーとしての機能だけでなく、発酵食品に適した環境になっており
梅干しやお味噌づくりには最適です!

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▲2階の空間
柱も梁も床も「燻煙熱処理」した木材を使っています。
化学物質を極限まで排除した優しい空間となっています。


 

2016年2月 4日

感覚の変化

子どもから大人になるにつれて
「時間」を感じる感覚が早やくなる。
 
最近、時間の感覚だけではなく
他の感覚も変化していることを感じるようになった。
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改めて寝ている息子の手を握ると「小さい手だなぁ」と感じた。
この「小さい」という感覚を
意識しないで手を繋いでいることが多い。
自分が子どものときは
父親の手を握ると
いつも「手が大きいなぁ」と感じていた
やはり大人になるにつれて
観察能力が劣ってきたのだろうか?
 
他にも、
周囲の風景を見る感覚も変わってきた。
子どもころは「空の雲」「トイレのタイル」「天井の木目」などなど、
「なんかの動物に似ている」など比喩して、
一つ一つの景色を見ていた。
しかし、今は目の前の景色を何も感じず流して見ていることが多い。
 
音楽に関しても
最近の音楽は同じように聞こえたりして
「違いが分からないのか?」
「違いを気にしなくなったのか?」
感覚が鈍っている。
 
大人になるにつれて
出来る事は増えるが
観察力や好奇心などの感覚が落ちている。
もっと感覚を磨かなければと思う